深  淵


猟  犬 (4)



「恥ずかしながら、僕はその生き物(?)を見て、夢の中で、気を 失ったようでした。・・・っていうか、そこで目を覚ましたんです。
 ランプはまだ、妖しく輝いていましたけどね。
 ・・・でも、その揺れる炎を見ていると、何だか引き込まれてしま いそうで、僕はその場で、ランプの火を消しました。
 その日は、それだけでした。
 けれど、何度かランプを使ってみると・・・。
 見るのです、その夢を・・・。
 その・・・いつも、僕は眠ってしまって、・・・つまり、いつも、 そういう夢を見てしまうのです。
 どんなに頑張ってみても、僕はランプの炎の前で、意識を保って いることは出来ませんでした。理屈は、ぜんぜんわかりません。け ど、やっぱり僕は眠ってしまって・・・。

 最初は、なんだか怖かったです。けど、結局僕は、その夢自体が 面白くてしょうがなくなりました。わかっていて、何度もランプに灯を 灯して、僕はその夢の世界に没頭しました。
 夢の世界では、たびたびあの化け物に出会うことはあったけど、 結局ヤツらも僕に危害を加えるようなことはなかったし−−っていう か、夢の中のあいつらは、僕の存在にそもそも気づいている様子 がなかったし−−僕も心の準備をしていれば、そう何度も目を覚ます ということはなくて、僕は何度も何度も、その夢の旅を楽しむように なりました。

 何度か「旅」をして、気づいたことがあります。
 それは、何だか時代設定が、どんどん過去に遡っているらしい、 ということです。
 初めて「旅」をしたときは、ジャングルっぽい背景に、恐竜がた くさんいて−−そう、ジュラシック・パークみたいな感じだったけど、 何回か「旅」をするうちに恐竜は消えちゃって、ジャングルも、なん だかどんどん退化−−っていうか、先祖還りって言うんでしょうか−− どんどん小さく疎らになっていって、見かける動物と言えば、陸に 上がったばかりの両生類−−魚とカエルの中間みたいな−−そういう ヤツになっていって・・・・。
 けど、あの三角錐のバケモノだけは、全然変わらなくて・・・
 観察していて判ったんですが、あいつらは、けっこう高い知能を 持った生き物のようでした。ピラミッドのような巨大な建築物があって、 そこにやつらの集落のようなものがあって・・・・

 あぁ、すみません。
 こいつらの話は、やっぱ省きます。

 それで・・・何回目だったでしょうか・・・ついに僕の周りは 陸と海だけの世界になったのです。
 生き物が・・・たぶん海へ還ってしまったのでしょう。

 何もいない−−岩と、雨と、雷と、地平線と、水平線と−−

 何も無い世界を、僕は歩きました。
 視界を遮るものは岩しかなくて、見渡す限りの荒野−−そんな感 じでした
 僕は、僕の「旅」が終わるのを感じました。
 これで、満足した感じがしたんです。
 理由は、やっぱり判らないけれど・・・

 でも、その時・・・

 音を、聞いたのです。

 よくは判らないけれど、自然ではない音です。
 本能的に・・・嫌な感じの音です。

 不審に思って、僕はその、聞いたと思った音を探しました。
 風の音に混じって、うなり声のような音が、何処からか、聞こえ てきたんです。

 不気味な音でした。
 あの三角錐のヤツが出す音とも全然違って・・・
 何か・・・殺気に満ちた・・・ドーベルマンのうなり声に・・・ 少し近いかもしれない・・・。大型の肉食獣が出すような・・・ 威嚇するというか・・・そういう感じの音です。

 その世界には、僕以外、陸上には生物は存在しないものだと思っ ていました。
 けど、音は、確かに聞こえました。
 僕は、怖かったです。
 ホントに怖かった。
 けど、その音を確かめようと・・・また歩きました。

 歩くと、その音はどんどん確かな音になっていきます。
 僕は、もう空耳だとは思っていませんでした。
 けど、確かめたい。
 これは僕の夢だし、もうバケモノにも会ってるし・・・。
 これも、確かめてみようと思ったんです。

 僕は、気を失えば、また夢から覚めることが出来ます。
 いつでも、どんな恐怖からも逃げることが出来ます。
 だから、・・・ぼくはその岩陰を見つけたときも、やっぱり逃げよ うとは思いませんでした。
 あの音が聞こえてくる岩陰を、僕は見つけてしまったんです。
 僕は、恐怖でガクガクする脚を動かして、そこへ向かいました。

 僕がいるのは、ランプが創る夢の世界です。
 だから・・・だから僕は、その岩肌に触れました。
 怖ろしい声−−あの音は、もう間近で聞こえます。
 うなり声は最高に高まって、僕は何度も止めようとも思いました。
 けど、これは、夢の世界だから・・・

 僕は、その岩肌に伝って、巨大な岩を、裏側に向かってゆっくりと 進みました。
 そして、辿り着くと・・・僕は躊躇して・・・そして覚悟して、 ゆっくりと・・・顔・・・いえ、目だけを、岩肌から覗かせました。


 そして・・・・僕は見てしまったんです!!





 その燃えるように赤く輝く二つの瞳を!!



 ・・・僕は、幸いにも、その生き物?・・・を、よく見ていません。
 いや、あまりに怖ろしくて、あまりに忌まわしくて、よく憶えてない んです
 思いだそうとしても、・・・何だかそこだけモヤがかかったように なって、うまくいかないんです。

 けど・・・僕を射竦めた、あの2つの瞳だけは忘れません!!

 あれは! ・・・あれは・・・絶対にまともな生き物の輝きでは なかった!!

 僕はそれまで、あんな邪悪な、あんな欲望に満ちた瞳を見たこと がありません。あれは・・・あれに比べたら、この地球上の獰猛と いわれる動物すべてが可愛く思えますよ!
 虎だって、ワニだって、サメだって、あんな眼はしていない!
 あれは、あれは・・・・・!


 僕は、それからあの「旅」はしていません。
 でも・・・僕が眼を閉じると・・・いまも、ほら!
 あの燃えるように赤い瞳が、僕を見つめているんです!
 思い出すもなにもない!
 忘れようにも、常に僕は見つめられているんです!!

 あぁ・・・もう気が狂いそうになりますよ!!

 確かに僕は知ってます。
 あれは、僕が見た夢の中の出来事です!
 けど、このままじゃ!
 僕は満足に眠ることもできない!!」



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