雑文工房


「闘将伝」−小説立見鑑三郎 / 中村彰彦


 維新前後を扱った小説は多い。
 星の数ほどいるそれらの作家さんをいちいち語るほど、 残念ながら私は多読家ではない。そもそも私は気に入った 作家さんの作品を深く深く読んでいくタチだし、その意味では 新しい作家さんに入っていく機会は、むしろ少ないといえると 思う。
 たまたまこの小説を手にとったのは、「立見鑑三郎」という 人間に興味があったからで、作家の中村彰彦氏に思い入れが あってのコトではない。わざわざ断ったのは、読んでみて、 やはりそれほど作家中村彰彦に興を覚えなかったからである。

 ただし、そのことと物語のおもしろさはまた別だし、付け加 えるならば、私がこの本を手に取った目的には、この本は見事に 答えてくれたといって良いかも知れない。

 繰り返すが、立見鑑三郎という男に私は興味があったのである。

 立見鑑三郎−−後の陸軍大将立見尚文。
 幕末、あの凄惨な北越戦争で神出鬼没の用兵を駆使してもっとも 官軍を苦しめた桑名藩雷神隊の隊長である。維新後、陸軍に出仕。 西南戦争では西郷率いる薩摩軍にとどめを刺し、日清戦争では3倍 の兵力を有する清国軍を鮮やかに破り「東洋一の用兵家」と呼ばれ、 日露戦争においては7倍のロシア軍相手に一歩も引かぬ突貫を続け、 ついに大日本帝国を勝利に導いた伝説の名将である。

 この立見鑑三郎。学問優秀、容姿端麗、柳生新陰流の刀術と風 伝流の槍術を修め、文武両道の若者として将来を嘱望されていた。 小説中の鑑三郎は、まさに軍人としての一理想人格である。
 例えば一隊を率いれば常に部下の先頭に立って銃弾に身をさら し、50の兵をもって500の官軍を壊走させるほどの武勇を誇り、 一軍を率いれば全く新しい新戦術を考案し、奇跡のように清国軍を あしらい、一師団を率いればロシアの8個師団相手に一歩も引かぬ 奮迅を見せる。

 彼の奮戦、その戦いの系譜は、まさに我々を興奮させる。
 けれど−−

 ただ、印象だけ言おう。
 歴史が彼に与えた役割は、まさに戦闘機械である。

 本物の彼を私は知らない。
 ただこの本を読む限り、彼には思想と呼べるほどのモノがなく、 ために戦のために戦をするような印象がつきまとう。
 例えば「峠」で取り上げた河井継之介には、武力をもっての明確 な目的が他にあり、つまり戦いは手段であり、それより上位の思想 があり政略がある。
 けれど立見鑑三郎にはそれがない。
 酷な言い方かも知れないが、彼にとっては戦い自体が半ば目的化している。

 軍人として、それは必ずしも間違っているわけではない。
 いうなれば彼は生まれ持っての軍人であり、彼が世に立つ場所も まさにそこにこそあるのであろう。

 彼は近代日本の創世の極めて重要な時期に歴史が登場させた日本戦 史上の英雄であり、彼のその奇跡的な用兵術・戦術・統率術が無 ければ、我が日本はおそらく、世界での今日の発言力を持つことは 出来なかったろう。
 彼がいなければ、日本はロシアの植民地になっていたかも知れ ず、あるいは南北朝鮮のような不幸な状況になっていたかも知れ ず、そういう意味においては、まさに歴史的に必要な人間であっ たとさえいえるかもしれない。

 けれど、伝わってきたのはそれだけである。

 ただ一つ、つけ加えるならば、作者中村彰彦氏が、維新の賊軍 側を丹念に描くことを使命としているらしいと言うことである。
 歴史が勝者のモノであるという観点に立てば、氏の姿勢はそれ だけでも価値がある。

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