雑文工房
「人斬り剣奥義」 / 津本 陽
剣豪モノといわれるジャンルがある。
時代小説の中の1分野でありながら、「刀」という日本人にとって
とりわけ魅惑的なモノを中心に取り扱っているため、それだけで1分
野を担えるほどに読者層が厚く、またファンも多いジャンルである。
著者津本陽は、現代の代表的な剣豪作家の1人である。
本書「人斬り剣奥義」は、10編からなる、津本氏の珠玉の作品
集である。
戦国期から明治半ばまで、剣に生き、そして死んでいった漢たち
の生き様が、氏独特の簡素にして迫力のある筆致で描かれている。
良著と言って良い。
中の作品を眺めると−−
戦国中期、小太刀の名人と言われた富田勢源とその門人松尾を描
いた「小太刀勢源」。
薩摩示現流に命を懸けた男たちを描いた「松柏折る」「抜き、即、
斬」。
幕末の新撰組隊士渡辺源四郎の不格好で愚直で、そして恐るべき
剣法を描いた「念流手の内」。
明治に散っていく薩南健児と西南戦争の1ページを描いた「抜刀隊」
「剣光三国峠」。
剣士「人斬り半次郎」を有馬藤太の視線から描いた「天に消えた
星」。
剣士というものの修行の凄まじさを描いた「肩の砕き」。
そして、明治後、時代にあらがいながら剣客の意地を貫こうとした
男を描いた「ボンベン小僧」。
いずれも、飛び散る血と汗の匂いが漂い、けれど重くなることの
ない作品ばかりである。これは津本氏の、無駄を切り捨てた慎重な
筆運びによるのであろう。
小説家は虚言屋である。
ノンフィション作家以外のすべての物書きは、多かれ少なかれこの
癖を持っていて、虚構の世界を作り上げる。読者である我々は、そ
の組み上げられた虚構に酔い、その世界に遊ぶのである。
そして、その創作された世界に読者を引き込むために必要になる
エッセンスのもっとも代表的なものが、いわゆる「リアリティー」で
あるのではないか−−
津本氏の作品は、剣豪モノのキモである斬り合い、いわゆる
「殺陣(タテ)」に異様な迫力とリアリティーがある。
これは、おそらく著者である津本氏自身が、相当な剣術遣い
であることと決して無縁ではないだろう。
想像でなく実地で、「刀をどう操れば人が斬れるのか」という
根本命題を知り尽くしている者の強みである。
本短編集において異色なのが、新陰流の第21世であられる柳生
延春氏との対話を元に語られる、連也対宗冬−−尾張柳生対江戸
柳生の慶安御前試合を描いた「身の位」という作品である。
達人たちの創意工夫−−
「道」というものの厳しさとストイックさ。
神技を会得した者のたゆまぬ鍛錬を思うとき、僕は1人、背筋の
引き締まる思いがする。
[H.13 7/8]
|