口頭無形分化剤 その9


「支配」と「服従」について


 今日はちょっと下品になるかもしれません。
 僕がエロ漫画家であった頃のお話です。

 現在はどうかしりませんが、あの世界の底辺あたりというのは諸事 異様にいい加減で、編集者と漫画家の間には、たいした打ち合わせ すら行われていませんでした。
 原稿の依頼など、

「あー、○日までに12枚、SMモノで。タイトルと内容明日聞くから、 △日までにネーム送って。締め切り遅れたら殺すから、じゃ、 ヨロシクー」(声が異常に怖い)

 などと、留守伝に入ってたりするんです。

 仕事の依頼がないとメシが食えんわけだから、あるだけありがた いんだけど、毎回これが頭痛の種でもありました。
 何と言っても、1日2日でおおよそのストーリーを組み立てねばならないわけです。
 さらに酷いことに、僕がやってた雑誌には「ページ数の半分以上 が濡れ場でなければならない」という暗黙の制約がありまして、つま り12枚だと6枚以上がエロシーン。さらに扉ページなど描こうものな ら、正味5枚でストーリーを落ちまでつけて完結させねばならないの です(僕は連載が持てるような立場では、当然ない)。

 巷にあふれている低俗な漫画の裏事情ともいえますが、ようするに まともにストーリーが語れる枚数ではないのです。
 勿論、能力的に優れた作家さんならば、それでも素晴らしい作品 を創りだしていくでしょうが、毎回毎回そういうわけにもいかないの が現実で、ことに能力が及ばない僕のような4流漫画家では、スト ーリーなど2の次になってしまいます。
 もっとも、これは読者側にも言い分があって、エロ漫画を買う多く の読者は、陳腐なストーリーをそもそも必要としていません。
 青少年たちの需要はようするに「ソレ」であって、「良い絵」さえ 描けていれば、そしてそれが「使え」れば、そこに何の問題も生じ ないわけです。

 僕は短編読み切りの手法は小説と同じであると考えていたので、 最後の1枚には必ずオチらしいオチ、軽いどんでん返しを配そうと 毎回苦心していましたが、けれど僕の努力も、そう意味のあるも のではなかったでしょう(本当にごく希に、好きだといってくださ る読者様はいましたが・・・)。

 あ、マクラが脱線してしまいました。
 「支配」と「服従」についてです。

 SMというモノについて正面から考えなければならなくなったのは、 だから仕事の依頼が原因なのです。
 少なくともそれまでの僕は、そんなこと改めて考えてみたことはあ りませんし、残念ながら(?)体験してみたこともありませんでした。

 マルキド・サドとマゾッホの話をするつもりもないのですが・・・


 SMに関するストーリーを考えるにつき思うのは、SとMは、どちら が「支配」をしているのか、ということです。
 真正なS、あるいは真正なMに関しては、僕はとうてい理解でき ないので、話をソフトなSMに限定しましょう。
 ここで、「そりゃSだろ」と答えてしまうのは浅薄です。
 僕がいつも思っていたのは、「SはMに奉仕する奴隷である」と いうことです。
 表面MはSに従順ですが、Sというのは突き詰めれば、「M(の 快楽)のために奉仕する存在」に過ぎないのではないか・・・

 無論、その過程自体をSが楽しんでいる、というのは言えるので しょう。Mの快楽がSの満足を産むということも、おおいにあり得る 話です(これは個人的に、良く理解できます)。
 相手が喜ぶことが嬉しい。
 相手を喜ばせることが楽しい。
 これは、立派な「愛」です。

 ここが、非常に重要であると思うのです。

 Sは「Mのために与えている」ワケで、これは「他者に対する愛」 です。けれど、Mが愛しているのは「自分」ではないのか。。。

 置換可能か、という考えでもいいのかもしれません。
 Sがいたぶるのは、誰でも良いのか?
 Mが苛めて貰うのは、誰でも良いのか?

「あなたに苛められるのがうれしい」
 という女性(や男性)もいるのかもしれません。
 けれど本音もそうなのか?
 置換は可能でないのか?

 僕は、基本的にS性、M性共に、人間の中には普通に混在してい るモノだと思っています。
 ノーマルというのが両方の性が同量である場合。
 どちらかの量が多くなれば、SかMに偏るのでしょう。
(これは普遍的なものではなく、瞬間的に変動するものですが)
 「感情」というものの生起について、脳の側から考えていた時の 結論です。そう的外れなモノでもないと思います。

 「服従」しているのは、どちらでしょう?
 「支配」しているのは、どちらでしょう?


 僕は、愛する女性には「服従」しっぱなしです。
 けれど僕は、一時たりとも自分がマゾだなどと考えたことはありま せん(別にマゾヒストを軽蔑する気もありませんが)。
 多くのことがそうであるように、これもバランスの問題なのでしょう が・・・

 まだまだ勉強が必要な分野です。

H.13 7/8



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