口頭無形分化剤 その30


酒は飲んでも・・・


 リクエスト企画の第5弾。
 今日はきよりんさんのリクエスト「お酒」です。


 「酒は憂いの玉箒(たまぼうき)」という言葉がありまして。
 中国の古い詩人・蘇軾という人が言ったらしいんですけどね。
 人の心配事や暗い気持ちをぬぐい去ってくれるお酒の効用は、洋 の東西を問わず、相当に昔から知られ、活用されてきたということ なんでしょうね。

 本邦で、酒−−この場合は日本酒ではない−−というモノがいつ 産まれたのかははっきりしませんが、弥生時代−−神代の頃から、 すでに人々に珍重されていたことは、どうやら間違いないようです。

 記述に登場する初見は、720年に完成した「日本書紀」。
 素戔嗚尊(スサノオノミコト)が八俣大蛇(ヤマタノオロチ)を 退治たくだりにまで遡ります。
 8つの大蛇の首に合わせて8つの酒瓶を強いお酒で満た素戔嗚尊が、 それを飲んで眠りこけた大蛇の首と尾を次々と切り落とした という、あの神話ですね。
 ちなみにこの時、大蛇の尾の一本から出てきたのが、「天叢雲剣(ア メノムラクモノツルギ)」−−現在名古屋の熱田神宮に祀られている 三種の神器の1つ「草薙剣(クサナギノツルギ)」であるというのは−−いまさら、言うま でもないでしょう。

 記紀神話の読み方は、戦後に盛んになった研究分野らしいのです ね。
 たとえばこの八俣大蛇退治も、天照大神によって出雲攻略に遣わ された素戔嗚尊が、酒宴を装った謀略によって出雲の土着勢力であ った有力な出雲人を皆殺しにし、その姫であった奇稲田姫(櫛名田 比売・クシナダヒメ)を奪い取った、みたいな解釈も可能なのかもしれませ んね。
 ま、そっちの方は、歴史屋さんたちにお任せしますが。


 さて、お酒の話ですね。

 僕はお酒が絡んでネタになるような昔話は、残念ながらないんです。
 僕のお酒はいたって大人しくて、ま、せいぜいちょっと饒舌に なるって程度で、それも過ごすと眠くなってしまうだけでね。
 たとえば友人の某たろう氏のように、お祭りで調子ぶっこいて日本 酒を一升瓶でラッパで一気飲みし、急性アルコール中毒になって救 急車で運ばれた、なんていう伝説じみた逸話は、だから1つも持って いないのです。

 そのくせ、たとえばカクテルがどーの、地酒がどーのと言うほど の蘊蓄や知識もない。
 それで実は、よっぽど困っていたのです。

 しょーがないから、ちょっとばかり歴史を眺めてみますかね。


 日本に限った話ではないのだけれど、お酒で大失敗をやらかした 人の話というのは、実に枚挙にいとまがないですね。
 日本では、なんといっても幕末でしょう。
 物騒な時代だったせいでもありますが、かなりたくさんの人が、 お酒が元で命を落としたりしています。

 たとえば・・・。
 芹沢鴨(せりざわ・かも)って人物がおりまして。
 この人、初代の新撰組の局長さんですね。

 幕末ってのは、それこそもう雲霞のように剣客が登場しましたが、 「幕末」・「剣」とくれば、まず新撰組を上げないわけにはいかな いでしょう。
 土方歳三の強さというのはいまいち未知数ですが、沖田総司、 永倉新八、斎藤一なんていう連中の強さは、もう相当なモノだった らしいですね。
 そしてそれらの猛者の上に立っていのが、局長の近藤勇。
 沖田や土方の天然理心流の師匠にあたる人物です。

 近藤の強さというのは、読み物などでは今一つ印象が薄いようで すが、実戦となると、恐ろしく腕が立ったようでね。
 有名な池田屋の切り込みでは、たとえば沖田の刀は帽子が折れ、 永倉の刀も折れ、藤堂平助の刀は刃こぼれで鋸のようになっている にもかかわらず、近藤の差料−−有名な「虎徹(コテツ)」−−だ けが、刃こぼれひとつなかったそうです。
 日本刀というのは、刃が繊細に出来てまして、ドラマのチャンバラ のように相手の刀を刃で受けると、簡単に刃こぼれしてしまうん ですね。
 刃こぼれ一つない、というのはつまり、相手の刀を刀の峰で受 けるか、刀に触らせないかのいずれか、ということで、屋内の乱戦 という条件を考えれば、これはもう神業です。
 この一事をとってみても、近藤の強さというのが解りますが、この 近藤が怖れていたという人物が、最初に触れた芹沢鴨です。

 剣は、神道無念流の免許。
 でっぷりとした偉丈夫で、常に鉄扇を振り回す大力漢。
 おまけにひどい酒乱。

 この芹沢鴨の酒乱というのが、もう歴史に残るくらい凄まじくて。

 強請や無礼打ちは日常茶飯事。
 たとえば、島原の遊郭「角屋」では、そのもてなし方が気に食わ んと言って店の中で暴れ回り、珍器什宝をことごとくたたき壊す。
 たとえば、気に入った芸妓を身請けしようと申し入れ、断られると その芸妓の髪を切って坊主頭にし、さらに暴力をもって犯す。
 たとえば、大和屋という富商に目を付け、これを強請ろうとして断 られると、隊の大砲をもってこの大和屋の土蔵という土蔵全部を打ち 壊す。
 服の代金を取りに来た呉服屋「菱屋」の妾など、手込めにされ、 借金を払ってもらえぬばかりか、芹沢の妾にされてしまう有様です。

 まさに傍若無人を地で行く人物ですが、やりたい放題やってきたこ の男も、最期はやっぱり酒に終わります。
 鋭気を養うという名目で隊ぐるみ島原に乗り込んだ芹沢鴨は、そこ でしたたかに酒を飲まされ、酔い潰され、近藤、土方、沖田等の手 によって、あっけなく暗殺されてしまうのです。

 この時から新撰組は、近藤・土方体制が確立し、以後土方の手に よって、僕らが良く知る、厳粛な隊規を誇る「新撰組」へと変遷を 遂げていくのですが、それは、「お酒」とは関係ないですね。


 お酒で、大変得をしたエピソードってのも、面白いかもしれませんね。

 「黒田節」ってのがありまして。

♪ 酒は飲め飲め 飲むならば〜

 で有名な福岡民謡ですね。
 「筑前今様(ちくぜんいまよう)」が本当の名前で、元の名前は 「黒田武士」と言います。

 この歌詞は、黒田家の武士・母里太兵衛(もり・たへえ)を歌ったモノなんですね。

 母里太兵衛。諱は友信。
 黒田官兵衛(如水)・長政の二代に仕え、「黒田八虎」に数えら れた勇将です。槍術に優れた豪傑型の武将で、大の酒豪としても知 られていました。

 天正十九年(1591年)の話です。
 太兵衛は、君主・黒田長政の使者として安芸四十九万石の大名・ 福島正則のもとに出向きます。
 ちょうどその時、福島家では新春の祝いの宴が催されており、太 兵衛の酒豪としての名を知っていた福島正則が、戯れに大杯を持っ てこさせます。
 座興に、その飲みっぷりを見てやろう、ってなわけです。

「主より、役目中の禁酒、固く申しつけられておりますゆえ・・・」

 と断る太兵衛ですが、

「なぁにぃ!? 俺の酒が飲めんとぬかすか!?」

 と言ったか言わぬかは知りませんが、意固地な正則は許しません。

「主命ゆえ、なにとぞご勘弁を・・・」

「正則たっての所望じゃ!」

 と、こうまで言われれば断れません。

「・・・されば! 快く頂戴つかまつりまする」

 是非も無しと、太兵衛はなみなみと注がれた酒を飲み干します。

「見事じゃ!!」

 太兵衛の飲みっぷりを見て、酒好きの福島正則もご満悦です。

「さらに干したならば、そちに望みのものを取らせるぞ!」

「・・・しからば」

 ごくりごくりと、太兵衛は3杯まで、大杯を飲み干しました。

「見事であった! さて、何を所望かのぉ?」

 満足した正則は、豪快に笑いながら太兵衛に聞きます。

「望みのものを、と、申されましたな?」

「おぅよ! この正則に二言はないぞ」

「されば、ご当家に『日本号』なる名槍があると聞き及びまする。 それを頂戴つかまつりたく・・・」

「『日本号』とな・・・!?」

 剛腹で知られた福島正則も、さすがに笑みが消えました。

「な、ならぬぞ、太兵衛! あれは太閤殿下よりの拝領の品じゃ。 それだけはまかりならん!」

「さては! 福島殿は信義厚きお方と承るに、約を違えるとは・・・!!」

 実直そのものの顔で、太兵衛は詰め寄ります。

「福島殿に二言あり。以後、福島殿は信を軽んぜられるお方よと、 触れ回りますがよろしいか・・・?」

 さすがの福島正則も、こういわれてはグゥの音も出ません。
 泣く泣く名槍『日本号』を、太兵衛に譲るハメになりました。

♪ 酒は飲め飲め 飲むならば〜 日の本一のこの槍を〜
♪ 飲み取るほどに 飲むならば〜 これぞ真の 黒田武士〜


 400年先まで歌われてしまうのですから、酒の席での約束って のも侮れませんね。
 ま、いずれにせよ、後悔しない飲み方をしたいものです。

H.13 11/1



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