口頭無形分化剤 その24


「差別」について


 僕は今の会社に10年勤めています。

 僕の年がまだ26だから、考えてみるとすごいですね。
 ずっと継続していたわけではないのだけれど、高校の2年のとき から今のバイトを始めて、この夏で10年になってしまうのです。
 ウチの会社は、一応全国規模ですが、さすがにバイトとして10年 もやってるバカは、全国でも珍しいのではないかしらん?
 キャリアということで言えば、ウチに登録しているバイト君が1000人いたとして、僕は上から 10人には入っているでしょう。
 ま、何の自慢にもなりませんが。

 仕事を続ける上で、何が大事かと言うと、僕はやはり、人間関係 に尽きると思うのですね。
 ウチの会社は若い社員が多いので、僕はホントに気楽に仕事が できていました。
 以前は、です。

 愚痴るつもりもないんですけどね。
 最近ちょっとイヤになってるわけですよ。
 仕事が、じゃありませんよ。
 自分自身が、です。


 ウチの会社は何かにつけていー加減で、ことに社員の面倒くさがり 様は格別で、もう、一言で言えばアマチュアの集まりみたいなところが ありまして。
 プロフェッショナル−−金を貰って仕事をしてるという自 覚が、特に若い連中にはまるでないんですね。
 ま、これは社員に対しても大いに同情すべきところはあって、ウチ の会社の給与システムは、正社員に対しては信賞必罰が行われてい ないのです。
 いくら働いたところで、正当には評価されない。
 残業手当があらかじめ決められていて、働いただけの金が貰えない。
 ポスト手当も、雀の涙ほどしか出ない。
 つまり、働きゃ、働いただけ損こくシステムになっているのです。
 あげくに固定給は、バイトの僕より少ない。
 これじゃ、やる気出せってのが、無理ってなモンです。

 だから、若い社員の自堕落ぶりはたいしたモノで、自分の管轄の こと以外は、基本的にやろうとしない。
 自分が面倒くさいこと、やりたくないことは、とりあえず僕に振る わけです。
 倉庫の維持、備品管理、バイト教育と管理から始まって、 フォークリフトの運転やトラックの移動(もちろん僕は無免許です!)、 果ては新入社員の教育まで、バイトの職掌を越えたようなところを、 平気で僕に投げてよこします。

 別に、それはどーでも良いのです。
 僕は金で雇われている時間は、「奴隷」と認識しているので、 出来る範囲でやれることをやることに関して、何一つ文句はありませ ん。
 それがイヤなら、辞めればいいわけです。
 シンプルです。

 ただ最近、ちょっと気になることがあるのです。

 新しくウチに入ったバイトさんの話です。
 その方は、僕の親父の年代の人で、しかも、どうやらごく軽い知的 障害を持ってらっしゃるようなのですね。
 その人の教育と管理が、当然のように僕に回ってきました。
 これが、正直苦痛なのです。

 僕は職人型の人間です。
 自分のペースで仕事をこなすことに、「快」を感じるタイプです。
 だから本当は、他人にそれを邪魔されることがそもそも「不快」なのです。
 でも、まだそれはいい。
 僕は「仕事」をしているのだから。

 その人に関して、会社からは何の予備知識も与えられませんでした。
 僕は懇切丁寧に、ごく簡単な作業から、その方に仕事を教えてい くつもりでした。
 けれど、通じないのです。
 僕が教えたことを、その方は覚えられないのです。
 理解しているのかも、僕には判断がつかないのです。
 一生懸命汗を流していることは、僕にでも解る。
 けれど−−−

 例えば、ごく簡単な漢字が読めない。
 一度言ったことに対する短期記憶が著しく悪い。
 20以上の数になると、笑えないほどの誤差を出す。
 何をしていいのか、自分で判断がくだせない。
 与えられた仕事を完遂できない。

 慣れれば、当然できると考えていたのです。
 最初から、難しいことを覚えさせようとは、僕は思っていなかった。

  「これを、130個用意してください」

 と頼むと、200個近く用意してくれたりする。
 20分で済むごく単純な労働に、2時間かけたりする。
 ごく簡単な5つ特徴が記憶できない。

 肉体的に、力がいる仕事であるにも関わらず、十分とは言えぬほ ど非力であり、50度を越える過酷な状況に耐えられるような年齢で はなく、運動神経も相応に衰えてしまっています。

 けれど本人は、半分にも満たない年齢の小僧どもに顎で使われな がら、文句一つ言わず、懸命に働いていらっしゃる。

 社員さんたちは、冷笑でその人を見守ります。
 指示をするわけでもなく、面倒くさいから寄りつこうともせず。
 「ありゃ、使えねぇ」と陰口を叩きながら。

 彼らも、決して悪い人間ではないのです。
 むしろ、つき合いやすい、気の良い兄ちゃん連中だ。
 けれど彼らは面倒くさいのです。
 関わることが、鬱陶しいのです。

 僕は同じコトを何度も何度も教えながら、初日から、その方の 障害を直感していました。
 そして今日、その方が漢字が解らないということをようやく発見で き、今までの自分がいかに不親切であったかを思いました。
 僕は、いままで何度も「解りますか?」「いいですか?」とその方 に質問してきましたが、その方としては、「はい」と答えるしかなか ったのだと気付きました。

 僕は、会社に腹を立てています。
 そもそも、どういう意図で、その方を採用したか、ということです。
 その方を教えることが嫌で言うのではありません。
 会社にとっても、その方にとっても、今の状況は不幸であると思うのです。

 ウチにある数百種類の什器と、1000にも及ぶであろうそのパーツ の名前を覚えることは、その方にとってよほどの苦痛でしょう。
 数を正確に扱わなければならない環境も、その方にとってはしん どいハズです。
 そしてもちろん、ウチの労働そのものが、その方にはかなりハード −−というか、正直言って無理なのです。重い荷物を持ち上げられ ない時点で、健常者、障害者を問わず、本当なら除外されるべきだ ったのです。

 僕は、与えられた仕事をこなすだけです。
 それが、バイトというものだと思っています。
 余程のことがない限り、だから苦言も言いません。
 その方のことも、何を言う気もありません。

 障害者の方を、差別する気はありません。
 健常者と障害者の間にあるのは、能力の違いであるだけだと、 僕は考えています。
 ことさら過保護である必要はないし、見下す理由もない。
 労働というモノに対する、正当な対価を算出し、相応に扱えば それで良いのだと思うのです。

 その方にはその方の生活があり、会社から貰う金で、例えば家 族を養っているかもしれず、僕はその方を会社から追い出したいと は、ホントに露ほども思いません。
 ただ、僕のストレスは、溜まっていきます。
 自分のペースで、仕事ができないからです。
 そして−−−


 僕は今日、ちょっと自分を嫌悪しました。
 やはりその方に、何回目かの同じ説明をしているときのことです。
 丁寧な口調で、「解りますよね?」「大丈夫ですか?」と聞いてい る僕の視線が、その方を見下しているというコトに、気が付いたから です。

 これが、「差別」でしょう。

 僕は、偽善者です。

H.13 8/29



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