口頭無形分化剤 その15


「さよなら」 −その決意と門出に寄せて−


 書くか書くまいか、今回は相手もあることなので、それなりに 悩みました。
 ただその出来事の印象が、僕には相当に鮮烈で、たくさんの 言葉が脳裏を駆けめぐり、どうにも落ち着かない有様です。
 やはり、僕は書くことにします。
 頭の中を整理するには、それがもっとも良い方法だと信じます。
 彼女に許可はもらってませんが、照れながら笑って許してくれる ような気が、勝手にしています。
 迷惑でしょうが、こんな男に「大好きだー(笑)」とメールした、 あなたも悪いよ、−−−−さん(笑)


 この「無明堂」というサイトを始めて以来、僕には、自分で思って いたよりはるかにたくさんの人々との、嬉しい出会いがありました。
 己を殺し、機械のように黙々と毎日を過ごしていたあの頃から比べ れば、それは本当に信じられないような環境の変化で、僕はもう、 毎日が楽しくてしようがありませんでした。

 そして今日、サイト開設以来、初めての「別れ」を経験しました。

 彼女は、このサイトを見て、(驚いたことに)僕のコトを気に入っ てくれ、たまにメールをくれるようになりました。
 十数回のメールのやりとりを経、昨日、彼女と初めて話をしました。

 楽しかったですねぇ、実に。
 瞬く間に時は過ぎ、気がつけば3時間。
 僕らは電話を切り、そして今朝、彼女から「さよなら」のメールが ありました。

 誤解のないように明記しておきますが、僕らの関係は「恋愛」とい ったような込み入ったものではありません。
 ただくだらない話をして、お互いのストレスを発散する、というの が、その関係のもっとも近い表現であったと思います。

 メールでやりとりをするうちに、僕は彼女のリアルな環境を断片的 に知りました。
 彼女は悩んでいました。
 彼女は揺れていました。
 明るい笑顔で隠しながら、彼女はとても疲れていました。

 僕は、他人の悩み相談が受けられるほど、器の大きな男ではあり ません。
(彼女からは「もんた」という有り難くないあだ名まで頂戴しましたが)
 僕に出来ることはただ、そのとき思った言葉を正直に相手に伝える というだけのことで、彼女の話に耳を傾け、自分の直感に従って、 浮かんでくる思いを、静かに投げ返していました。
(なんてコトを書いていると、彼女からは、どえらいツッコミが 入るかもしれませんが、ね・・・)

 「昨日の電話でふっきれた」とメールで彼女は言いました。
 「ネットもメル友もしばらくお休み」と彼女は言いました。
 「リアルな世界で頑張る!」と彼女は言ってくれました。

 僕はね、本当に嬉しかったのです。

 彼女の選択と決断は、僕はとても賢明であったと、本気で信じ ています。
 僕に未来は読めませんが、彼女はきっと大丈夫だと、その時 本気で思ったのです。

 「あなたのことは大好きだから、笑顔で送り出してやる。頑張 れよ!」

 僕はメールを返しました。

 彼女の最後のメールは、「おう! 頑張るぜ! んじゃ!」

 僕は、「おう! またな!」です。

 これで終わり。
 そう「さよなら」です。

 僕はね、・・・思うのです。
 僕が見上げるこの曇り空と同じ空の下で、彼女は今も額に汗し ている、と。
 僕が見上げるこの夜空と同じ空の下で、彼女は今も旦那と笑い あっている、と。

 それでいいのだと思うのです。
 それがいいのだと思うのです。

 心の中の真ん中に近い部分に、ちょっとした寂しさはあるのです。
 けれど、それをひっくるめても、決して悪い気分じゃない。

 彼女はいつか、今よりもきっと魅力的に輝いて、僕のサイトに遊 びに来てくれるのではないかと、そんな予感がしています。

 そのとき僕は、昨日会ったばかりの友達に接するように、彼女に 語りかけるような気がするのです。

 僕が「無明堂」を閉められない理由が、また一つ増えてしまいました。

H.13 7/30



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