計算機は「心」を持ち得るか

--計算機における「心」の実現に関する一考察-- ver. 3.2


4.おわりに−−結論にかえて


 「心」は,確かに我々の中にある。それは,我々が「心」と呼 ぶものを,我々が我々の中に感じる以上,自明である。
 では,それはいったい何なのか。
 この疑問は,我々が一度は体験するものであろう。
 我々を我々たらしめているもの。
 我々の本質と思えるもの。
 これは,しかし幽霊でもなければ小人でもない。
 我々は「身体」であり,「心」である。
 これが正解であろう。
 そしてそれは,我々の直観にもっとも整合的であるまいか。

 しかし,我々が幽霊や小人を認めないならば,心身問題にケリを 付けるためには,どこかで生物学と心理学を融合させなければなら ない。
 「意識」を持たない物体が「意識」を持つ方法を,「心」を持 たない生命が「心」を持つ瞬間を,我々は見極めなければならな い。

 そしていま,コンピュータの登場は,それを実現する可能性を我 々の前に示してくれた。
 我々はシミュレーションという思考の道具を得,まさにそれに挑 まんとしている。人工知能の真の意味での実現は,我々の「心」 に対する解答でもある。

 私は,「意識」のあるアーティファクトに憧れる。
 「心」を持った機械に憧れる。
 私は,私の精神活動が私の脳に起因するという仮定と,私の感ず る直観に基づいて「人間の心のようなもの」を機械に実現するとい うことについて,思うままに意見を述べてみた。
 私の考えたことは,真理からかけ離れたものであるかも知れない。
 例えば「心」はサールのいうように,純粋に有機体特有のアプリオ リな特性であるのかもしれない。
 あるいは,我々は機械の中の幽霊であるのかもしれない。
 しかし,人類が進化の末に誕生したというダーウィン(Charls Robert Darwin)の説が正しいのならば,「心」は,十分に発達を 遂げたものに対して与えられるものであるはずだし,そのような意 味合いにおいて,十分に発達した計算機がそれを持つことができる といっても,私は構わないように思う。
 ただしその発達は,我々が猿から進化してきたような,人類が言 葉を獲得してきたような仕方で行われていくのが賢明であろう。

 この章の冒頭で私は,「我々が「心」と呼ぶものを,我々の中 に感じる以上,我々に「心」があるのは自明である」と述べた。
 しかし,もしかしたら,我々に「心」があるということにとって重 要であるのは,我々が,「心」のようなものがあるらしいというこ とを,意識することができるということなのかもしれない。

 ならば,「心」とは錯覚なのだろうか。
 「心」が脳過程であったとしたら,「身体」のカテゴリーからみ れば,それは間違いなく錯覚である。
 しかし,錯覚であろうと「我々」からみれば,それは実在する。 そして実在する以上, 人類たる我々にとって,「心」がある,他 者も自分同様の主体である,というように考えることが,淘汰とい う悠久の歴史を持つ生存競争において,有利に働いたということで あろう(これは想像に難くない。例えばある種の猿の群れは非常 に社会的に構築されており,そこは権謀術数のひしめく秩序だった 世界である)。
 相手の考えを読むことができるのも,我々の「身体」に「心」 の錯覚があってこそである。そしてそれは,子孫を増やすという個 の目的にとって強力な武器になったことであろう。

 では,いま十分に発達したある計算機が「心」の錯覚を持つに 至ったとしよう。
 その「心」の錯覚と我々の「心」との差違は,いったい何であ ろうか。
 ホフスタッターはいう。

「シミュレートされた歌と本物の歌とはどう違うのだろうか」

 我々の「心」とシミュレートされた「心」とは,いったいどこが 違うのだろうか。
 我々の「心」がもし,誰かにシミュレートによって創られたもの であったとしたらどうであろうか。
 我々の「心」がもし,誰かのシミュレートによって創られたもの であったとしたらどうであろうか。

 我々がもし,「心」の実現に成功してしまったらどうなるのだろ うか。
 その「心」は我々のように感じるのだろうか。
 我々はその「心」の電源を切っても良いのだろうか。
 そして我々は,その「心」の電源を切ることができるだろうか。

 そんなことが実現するはずはないから,考える必要などない, と貴方は言うかも知れない。
 それは,原子爆弾にもあてはまるだろうか。
 オキシジェン・デストロイヤーならどうか。
 過去の我々がそうであったように,我々は未来に対して一定の責 任を負う義務がある。
 そして倫理の問題をないがしろにする者は,モノ造りに携わるべ きではない。


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